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2020年3月23日

大島家先祖の墓がある兵庫県養父市の泉光寺建物が県文化財に登録

Kobe_news200305_s.jpg以前、大島家の先祖の墓がある兵庫県養父市の泉光寺と朝来市の光福禅寺を訪問したことをご報告しました。

(過去記事:2016/12/31「但馬の大島家墓地に行ってきました」)

泉光寺には大島雪さんのご先祖、光福禅寺には大島義清さんのご先祖のお墓があります。

その泉光寺内にある建築物、円通堂、鐘楼門、水天宮が兵庫県の県登録文化財に決定したとのお知らせが、岸冨美子さんからありました(2020年3月5日付神戸新聞但馬版)。

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2016年6月18日

我々の五代前の桑田衡平さんという方

五代前の桑田衡平さんという方これを見る人の世代によって、いつ頃のひとなのかわからないですが、雪おばあさんのおじいさんにあたる人です。

その人の、生誕180年の記念展示会が出身地の埼玉県日高市の郷土史家を中心として開催されることになりました。

この郷土史研究の先生と、大島の人たちと直接知っているわけではありませんが、私たち子孫としても注目しています。

関係資料はこちらです。PDFファイルをご覧ください。 クリック( PDFファイルが開きます。)

この桑田衡平さんを顕彰した石碑があるのです。

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2011年3月 1日

桑田 權平(くわた ごんぺい)という人

以下の記事は、「市川夏子」三男 市川新さんが書かれた物です。

桑田權平(くわた ごんぺい) 私の家は、江戸時代の蘭方医:桑田立斉の長女の家系(立斉の長女(貞)の長女の長女(信子)の長女(雪)の長女(夏))です。

 そんな関係もあり、先日(昨年ですが)秋子おばさまから立斉の孫(雪さんの伯父さん)に当たる桑田權平氏の自伝を貸していただきました。

 桑田權平さんは、慶應幼稚舎を出て、すぐアメリカに留学し、中学からアメリカ育ちです。多分、医者にしたいと思って留学させたのだと思いますが、正確には分かりません。

 マサチュウセッツ州のノーザンプトン高校を経て、ウスター工科大学(現在ウスター工学院)の機械科に入りりました。

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2010年4月20日

日経で市川浩さんと「申申閣」が紹介されていました。

市川浩さん先日の日本経済新聞(2010/04/18)に、市川浩さんが開発した「歴史的仮名遣変換ソフト 『契沖』」と合わせて、人となりが紹介されていました。

市川浩氏は、1946年に吉田茂内閣が「現代かなづかい」とともに、新字体を採用した「当用漢字」が告示され、当時、中学生だった市川氏が、宿題で出された谷崎潤一郎の「細雪」を現代かなづかいで書いたときの「喪失感」が心の中にあったそうです。以来、私的な文書では歴史的仮名遣いを守ってこられたそうです。

住友金属工業を退社後、1987年に印刷ソフト関係の会社の社長に転じたときに、この「歴史的仮名遣変換ソフト」を思いたったそうで、以来、バージョンアップを重ねて、この変換ソフト「契沖」(けいちゅう)は関係者の間では有名なソフトだそうです。

●記事の《pdfファイルはこちら

●市川浩さんが主宰されている、「歴史的仮名遣い変換ソフト『契沖』」を製作しているソフト会社 「有限会社 申申閣」のホームページはこちらです。

2009年7月 8日

江戸時代の蘭方医 桑田立斉 という人

北大付属図書館蔵:蝦夷人種痘之図市川新さんの調査によりますと、我々は桑田立斉という江戸時代の蘭方医の6代目ということになるそうです。

彼は日本に種痘を定着させた功労者の一人で、江戸時代の交通不便な時代に、北海道・・それも国後島まで・・に行き、アイヌの人に種痘をしてきた人です。

本人の滞在は約3カ月で6000人ほどで、彼の弟子は越年して合計13000人ほどに種痘をしてきたようです。

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2006年4月 5日

本格運用に向けて、整理しました

系図や、ニックネームと続柄の関係を調べるデーターベースなども整備して、本格公開の準備をしています。

系図は大島六郎系をまとめました。また続柄データーベースは、各人が自分で登録するシステムとしておあります。

個人情報にかかわる部分も多いので、ファミリー情報についての部分はファミリーパスワードによってセキュリティが確保されています。

ファミリーパスワードについてのお問い合わせは管理人までご連絡ください。

2006年3月20日

大島.comを開設しました

このサイトは、東京の大島という家族ファミリーの相互コミュニケーションのために開設したブログサイトです。

まだ、どのように使うかの方向性を検討している状態で、これはテスト投稿です。

2022年2月 8日

市川 新さんが逝去されました。

アメリカ ウースター工科大学にて代々木 大島の長女「市川 夏」の三男「市川 新」さんが(2022年)2月2日に逝去されました。84歳でした。

2月4日が誕生日で85歳になるところでした。ご冥福をお祈りいたします。

市川 新さんは、好奇心が強くていろいろな事に興味を持ち、人脈も広く、大島のルーツなどにも興味を持たれて、この大島.orgにもいろいろな記事を投稿して頂きました。

左の写真は、私達大島家の先代7代ほど前の桑田権平という人が「日本人で初めてフットボールをしたらしい」ということを市川 新さんが調べて、その留学先のアメリカ ウースター工科大学(現Worcester Polytechnic Institute)を訪問された時の写真です。

ちなみにこの桑田権平さんは江戸期に幕府の命を受けて蝦夷地でアイヌに種痘をされた「桑田立斎」の子孫でもあります。

このアメリカ訪問の記事は以下のリンクです。

桑田権平の記事:「19世紀に日本人で最初に米国でフットボールをプレーした桑田権平

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