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2022年2月 アーカイブ

2022年2月 8日

市川 新さんが逝去されました。

アメリカ ウースター工科大学にて代々木 大島の長女「市川 夏」の三男「市川 新」さんが(2022年)2月2日に逝去されました。84歳でした。

2月4日が誕生日で85歳になるところでした。ご冥福をお祈りいたします。

市川 新さんは、好奇心が強くていろいろな事に興味を持ち、人脈も広く、大島のルーツなどにも興味を持たれて、この大島.orgにもいろいろな記事を投稿して頂きました。

左の写真は、私達大島家の先代7代ほど前の桑田権平という人が「日本人で初めてフットボールをしたらしい」ということを市川 新さんが調べて、その留学先のアメリカ ウースター工科大学(現Worcester Polytechnic Institute)を訪問された時の写真です。

ちなみにこの桑田権平さんは江戸期に幕府の命を受けて蝦夷地でアイヌに種痘をされた「桑田立斎」の子孫でもあります。

このアメリカ訪問の記事は以下のリンクです。

桑田権平の記事:「19世紀に日本人で最初に米国でフットボールをプレーした桑田権平

2022年2月24日

以前ご紹介した「桑田立斎先生種痘所之跡」この石碑を建てたのが「二宮陸雄」さんという・・・

以前ご紹介した「桑田立斎先生種痘所之跡」この石碑を建てたのが「二宮 陸雄」さんというお医者さんで歴史小説なども書かれている作家さんです。

Isyato_Samurai.jpg桑田立斎がアイヌに種痘を行ったのは「カラフト」ですが、この二宮陸雄さんは、小説で立斎が行ったのと同じ北海道の極寒の知床半島を舞台にした「医者と侍」という作品を書かれています。

幕末にロシアなどのエゾ地襲撃に対する防衛のために幕府の命を受けて、津軽藩から極寒の冬の知床半島に派遣された武士たちの壮絶な苦難の物語で、私も先日読みました。

当時はストーブなどはもちろん無いですし、着るものも今のようにダウンなどがあるわけではないでからね。暖房は裸火だけですし、真冬の海は氷付き農作物は全く無いので武士たちは寒さとビタミンC摂取不足による「壊血病」で次々死亡して行くというすごい修羅場が描かれています。

この二宮陸雄さんが桑田立斎石碑を建てたという話は、先日亡くなられた市川 新さんに教えて頂いたので、気になっていたので小説を読み、記事としてアップしました。
-治郎-

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